自分自身を生きる!

みなさんお疲れ様です!

また新しい一週間の始りです。極寒の中で咲いている蝋梅から、梅の時期に変わって来ました。

咲き始めた梅を撮りにたくさんの人が出ています。

ところで写真も、絵も人の心を打つってどんなことなんでしょうね?

綺麗な絵でも、それだけでは感動しませんね。それは、自分自身を描いていないからじゃないでしょうか。


(国分勝之撮影。ツツジの駅のED75の写真。1979年国鉄のころ何度も日本一の庭園駅に選ばれたころの常磐線夜ノ森駅です。福島第一原発事故で奪われた風景でもあります。)

綺麗な絵も写真も、あふれています。コピーや模造も簡単出きる様になりました。でも、綺麗であることや所有するものにとらわれることで、実は一人一人の存在が希薄になって来た様に思います

他方人は、厳しい状態に追い込まれるほど、自分の存在意義を懸命に見いだそうとします。つまり、低賃金で、意味が感じられない労働を強いられるほど、逆に意義を見いだそうとしてしまう様です。

過酷な状況に追い込むほど、人を支配しやすくなる。それを会社や社会、あるいは組織の支配者は利用します。

だから、仕事を自分の生命の発露として奪い返すことは、強いられた過酷な状況の中で「綺麗」に生きることを競争することの中にはありません。

強いられた過酷な状況自体を変えること。それと同時に自分自身を生きることだと思います。

(磐越西線更科信号所付近からの磐梯山。)

国分さんの写真。高校時代から鉄道への愛があふれていますね。

自分のすきなことがあることは、幸せですね。

虫や日輪など独特の絵を描いた、熊谷守一さんは、

下品な人は下品な絵をかきなさい
ばかな人はばかな絵をかきなさい
下手な人は下手な絵をかきなさい

と言いました。

みなさんも綺麗な絵でなくても自分自身の絵をかいて見ませんか?
色んな青年たちが、自身たち自身の絵をかくために労働組合を作っています。

https://mainichi.jp/articles/20190129/ddl/k24/040/154000c

やっばりおかしくねー。常磐線全面開通と東海第二原発再稼働

みなさんおはようございます。

日立は、イギリスの原発建設計画について、イギリス政府との資金調達交渉などがうまくいかず、事業の採算性が見通せないことから凍結を決めたと発表しました。

凍結による損失は3,000億円にのぼり、原発事業から撤退の検討に入るとのことです。

すでに東芝が海外の原発事業からの撤退を表明し、三菱重工もトルコで進める原発建設計画も事実上撤退を表明しています。安倍政権の原発輸出政策の行き詰まりが、より鮮明となっています。

(国分勝之撮影)

すでに、国立研究開発法人・日本原子力研究開発機構は所有する89施設の9割に当たる79施設を今後70年間で廃炉・廃止するとし、費用は約1兆9000億円に上るとする試算を公表しています。

しかしこれには原発廃炉の完了までに必要な施設維持費などが含まれていません。猛毒で臨界事故の危険がある膨大な使用済み核燃料の処分方法もありません。

廃炉関連費用は、電気料金を含め全て国民負担としてさらに膨れあがります。

帰宅困難地域が双葉町と大熊町の一部を残すだけになり、避難指示地域の面積が3分の1に縮小すると政府は言って来ました。

しかし、現実には、今なお3万人以上の人々が避難生活を送っています。福島第一原発事故から8年がたちます。

若い世代を中心に、避難指示が解除されても、帰還しないという人が増えています。

事故の収束の目処も立たない福島第一原発周辺の再生・復興は事故当初の予想より遥かに困難な現実にあるのです。



世界的にも原発からの撤退が進むなかで、福島第一原発事故を引き起こした日本の原発を経済政策の軸に置くことなど愚かな選択でしかないことは明らかです。

利益優先のJR東日本の常磐線全面開通も、安倍政権の原発の海外展開と一体で進められて来ました。

すでに破綻しているのです。常磐線を開通したら終わりでなく、強行すれば矛盾と危険がさらに深まるだけなのです。

原発と核兵器に反対する全てのみなさんと共に、動労水戸は常磐線全面開通と東海第二原発再稼働に反対して職場から闘います。

職場・現場を見ない無責任。

降雪から一転の小春日和につき、受験生のみなさん「サクラサク!」でピンクでお伝えします。

昨日のブログで報告しましたが、1月30日動労水戸は、JR水戸支社と大子運輸科の要員要求交渉をやりました。


会社は、労働組合を潰すために職場の声を無視し「要員は適正に配置されている」「組合の主張は聞かない」と答え続けています。会社側の交渉委員も上からの評価を恐れていますので、自分の考えを言うことはできないでしょう。しかし、管理部門にいてそれなりの処遇を受けている者が責任を取らずに、一体誰が責任を取るのでしょうか?

国民不在の厚生労働省の組織的改ざん問題とJRのあり方は、同じなのだと思います。上も下もきれい事ばかりで、現場無視。鉄道であれ、行政であれ、いかなる組織も現場があって成り立っています。


(国分勝之撮影)

動労水戸が団体交渉をやっている日、水郡線では、朝から車両故障や沿線火災がありました。

車両故障は、上りの4両編成の826Dが瓜連駅で最後部の1両しかドアが開かなくなりました。最前部でドアを開けると前3両しか開かないという故障です。一体「十分な検査体制」で起きる故障なのでしょうか?

さらに問題はこの先です。後台駅から運転士と車掌が打ち合わせて、前と後ろの両方でドアの開閉をしたそうです。通常は、車掌が最後部で乗客の安全を確認して開閉します。

一体どこでこんな指示が決まったのか。規定にも無い扱いについて、乗務員の間ではやってはならないことだとの声が出ています。

また沿線火災の影響で、339Dが2両運転のところ1両となりました。その関係で828Dが大子で取り込みになりました。この取り込みに、動労木村水戸書記長が「前超勤」(前残業)で当たることになりました。

「他にやる人はいないのか」問いだだしたところ、「指導会議に出張になる指導しかいない」とのこと。

交渉をやっているそばからこうした事態が次々と起こっているのです。

他方この日、29日の強風のため常磐線で時速25㎞規制がかかっていたのに100㎞で運転していたことも発覚しています。

https://mainichi.jp/articles/20190131/k00/00m/040/007000c

JRの事故ではありませんが、30日には、東海村核燃料施設で放射能漏れの警報がなりました。

https://johosokuhou.com/2019/01/30/12191/


要員は足りている。放射能漏れはない。その場しのぎで、現場を見ないことの蓄積がどの様な結果を生んでも責任を取らない人たち。しかし、彼らに任せて置く無責任もあると思います。

労働者自身の労働組合を作り直し、子供たちの現在と未来への責任を果たしませんか?動労水戸と共に。


水郡線大子運輸科の要員不足で団体交渉

おはようございます!

水郡線営業所の要員不足問題について1/30水戸支社と団体交渉が行われました。

その概要について明らかにします。

1.現状認識

会社:運転士について、必要な要員は確保している。標準数は28人。出面22、指導2、計画1、予備3。現在員は28名で足りている。標準数とは年間を通して業務に必要な人数をいう。

車両職については、標準数は11人。必要な要員は確保している。仕事が重なったら優先順位でやっている。超勤は昨年と比較して増えているわけではない。出張を見ても確保している。

組合:休日勤務や勤務変更が年がら年中起きている。1ヶ月所定の交番どおりに乗っている運転士が何人いるのか。正常な状態とは言えない。

車両も減車や欠車がたびたび起きている。人がいなくて修繕が間に合わない。水戸で修繕できる体制を作るべきと何年も前から言ってきたがやらない。

要員確保できているという会社の認識とは大きく違う。

2.運転士の要員補充計画

会社:人事異動のタイミングで後任運転士が乗れるようになっていない。後任が1人で乗れるのには線見など1~2ヶ月はかかる。現在、補充の具体的な計画はない。早急に異動があるとは言えない。

組合:いつも足りなくなってからしか対処していない。1人で乗れるまでは時間がかかるし、その間現場では不自由な思いをする。

ライフサイクルや定年退職者など減になることがわかっている。事前に対処しないのは会社として無責任だ。


(国分勝之写真展)

3.車両職の補充計画


会社:勝田車両センターから来た人で、養成は2~3ヶ月かかる。やったことがない人で半年くらいかかると考えている。超勤も昨年と比べてそう多くない。現在新しく養成する計画はない。

組合:検修の仕事は滅多にない修繕もあり1人でやれるようになるのには運転士以上に時間がかかる。計画的に若い人を養成していく計画を作るべきだ。足りなくなってからでは遅いし、余力があるときでないと教えることもできない。

4:ライフサイクル

会社:駅の輸送職の余剰を指摘されたが、ライフサイクルはお客さまサービスを身につけてもらうのが目的。水郡線営業所は標準数で足りている。

組合:水戸の輸送職は余剰があり水郡線営業所の運転士は不足している。運転士が安全に運転できるようにするのがお客さまサービスではないのか?

ライフサイクルの最後の1ヶ月は後任のライフサイクルの者を教えるためののりしろだろう。しかし、駅で教える人は余剰なくらいいるが運転士は足りない。運転士の要員が現実にひっぱくしているだから3月までの期限を2月にして駅から戻せと言っている。そのぐらいのこともできないのか?

会社:早急に戻されたいというが、会社として異動は「任用の基準」で行う。組合の主張は主張として受けとめる。(つまり組合の言うことが正当でもやらないということです!)



この報告に対して現場の青年が意見を寄せてくれました。

会社は相変わらず現場が見えていませんね。益々酷くなっています。

検修の皆さんが、車両故障で休日や夜間に呼び出されている事に対して、何とも思ってないんでしょうか。

乗務員だって、人がいないのに研修や出張が多くて勤務回らないと当直(助役)がボヤいています。

会社が盛んに乗務員制度を変えるとか言って、時短行路等を作るとか言っていましたが、それすら出来ないと言う事は、そもそも要員が最初から足りないという事の証ですよね。

更に言えば、大子の乗務員は介護や育児が必要になっても我慢しろという事なのかなという見方もできます。かなり、矛盾に満ちた回答ですね。

ライフの事ですが、かつて会社はライフの目的は、「運輸のプロ」を創る事だとか言っていましたが、「お客様サービスを身につける」という回答になったようですが、いつの間に変わったのでしょうか。それとも同じ意味なのでしょうか。

社員やお客様ではなく、メディアや株主ばかり見ている会社の姿勢を表している回答だなと思いました。

自分自身を生きる選択と「社友会」

現在の資本主義社会では、歴史上無かった生産力の実現で豊富な選択肢が用意されています。

人間は消費者とされ、人間の創造的行為が「間違いの無い商品の選択」にある様に思われます。

人間は、右か左か?など絶えず選択しながら生きています。その「間違いの無い選択」が、企業などが提供する枠内での選択にされていることに気が付かないでしょうか?


(国分勝之写真展。1978年1月磐越西線更科信号所付近。吹雪の中の急行「ばんだい」です。当時は常磐線の急行形は453系、磐越西線や東北本線は抑速ブレーキ付の455系でした。)
 
この狭い枠内での選択が全く無力になったのが、東日本大震災であり福島第一原発事故の経験でした。泣いても、わめいてもどうしようもない経験でした。

人々はそこで、一人一人が自分自身の人間としての選択を問われました。多くの友人、知人、家族を亡くし、ふる里を奪われて「生きる意味」を深く考えたと思います。

残された命である自分自身が、何をすべきなのか?もうそこには、提供されたものから選ぶ賢い人間かどうかの基準は無かったと思います。


(1979年ごろの植田ー泉  415系の前身403系。冷房はなし、すべて4両1ユニットで、4+4が一般的な編成でした。)


さて、JR東日本社友会の規約では、労働組合に入っていないことが、加入の資格としてされているようです。

そこでは「賢い選択は、労働組合を脱退すること」として会社から提供されています。

私たちは、労働組合を脱退した労働者が悪いなどとは思いません。むしろ労働者一人一人の選択肢にならなかった労働組合の問題と向き合い、自ら変えて行こうと討論しています。

「自分は社友会に入るつもりはないです。マイプロとかやって自分の生活がなくなりますよね。」と生きることの日常を大切にする青年の選択があります。

その選択を尊重し、お互いに尊敬し合える労働組合になりたい。青年が夢と展望を語れる労働組合になりたい。これを動労水戸自身の選択にしたいと考えています。

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プロフィール

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動労水戸
性別:
非公開
職業:
鉄道労働者
自己紹介:
【国鉄水戸動力車労働組合】
1986年結成。JR東日本・JR貨物とその関連会社の労働者で組織する労働組合です。
全国・全世界の労働者とともに、外注化阻止・被曝労働絶対反対で2019年も闘います!

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