労働者の立場から物事を見よう。

水戸では、雪が降ったかと思うと温かい日ざしが照り、今日は一転して寒いです。

空気が乾燥してインフルエンザが流行っていますね。

私たちの体、命は、私たちが摂取する空気、水、食べ物で絶え間なく作られ、排出されています。

特に乗務員のみなさんは、不規則で過酷な仕事です。命と安全を守るために、労働組合を取り戻すことと共に「安全で豊かな食事」を心掛けて欲しいと思います。

インフルエンザから守るだけでなく、命と体を守る基盤が食事にあります。


(茨城県ひたちなか市は、「干し芋」の名産地です。専用の芋を蒸し、カットし、冷気と天日にあてて美味しく出来ます。畑には、生産を終えてコンテナが並んでいました。動労水戸OBの川崎さんも、干し芋農家です。)

さて今日は、会社のことだけでなくこの国のことを考えてみたいと思います。

私たちには、人としての自由とその誇りを守る権利があると言われてきました。

自由とは、自らに由って立つこと。誇りとは自分自身を裏切らないことから生まれます。しかし、そう言う自由や誇りを感じて来たでしょうか?

あまり気にしたことは無いと思いますが「憲法」は、この国がどう言う国かを表しています。日本の憲法が「資本主義憲法」であることを知っていますか?


資本主義社会は、労働者が商品の一つとして買われ、働くことで成立しています。資本家が、社会的生産を支配していますので、仕事も独占しています。だから労働者は、就職しないと生活できない構造になっています。

人は、働くことを通して自分の生命力を発揮し、生きがいを感じます。しかし、その一番大事なところを資本家-会社に支配されています。

そこでは、本当には自らに由ることができませんし、自らを裏切ることも発生します。そう言う人は排除されます。


だから本当の自由や平等、等しい権利などこの国にはありません。支配的に生きる人間と働く人間に分裂しているからです。



(「戦艦バウンティ号の反乱」4回も映画化されました。資本主義がはじまった時は、工場でも軍隊でもムチが使われました。「強制よりも自発的に」へと近代資本主義への転換が行われました。)

資本家-会社と労働者の対立が激しくなった時、激化しない様に労働委員会や裁判所に訴えたり、労働基準監督署に行きます。国が中立を取っている様に、見えます。しかし、この国は資本主義体制を守る国です。

資本主義を守るのが本質なのに、自由と平等の権利が人間・労働者にあるとされている。たとえ国家でも侵してはならない人権があると、憲法で定められている。


その建前があるから、強制ではなく自発的に働いてるんだ。過労死するのも、自殺するのもあなたたち自身の責任だと言うことができるのです。


資本家であり株主で構成されている政府自民党は、この憲法ではダメだから変えるんだと言っています。

新しい情勢に入っているから、第9条を変えて自衛隊を国防軍にする。普通に戦争の出きる国へしなければならない、と言うのです。

誰が戦争に行くのか?何で兵器が必要なのか?軍備強化して、戦争をするのは、生きるためですか?生活のためですか?

色んな疑問が湧くけど、人を殺しても自分は生きる。人を殺しても自分の生活が守れれば良いって、実は資本主義そのものの本質だよね。

だから自由や人権が先でなく、資本主義「国家を守る」ことが「公益」であり「秩序」なんだと言っています。


自由や人権があるというのは、あくまでそれを建前にすることで資本主義国家であることを認めさせるために、労働者民衆を煙にまく方便でした。

それを「国や企業があってあなたたちは存在できる。文句は言わせない!」

「たとえ回りがどうであろうとJRという企業と株主が生き残れば良い。」

「日本は、そもそもそう言う国家だから、今こそ曖昧無くはっきりさせよう。」

と言うことです。




(日本の資本家と政治家が良いとする姿。軍服を着せられ、戦争に動員されたのは、労働者と農民でした。)


ムチの代わりに、国家への忠誠を据えて自発的に働かせ、戦争にも動員して資本主義は生き延びて来ました。

今度は、「労働者に低賃金と失業のムチを与えよ!反抗する者には『公益の秩序を乱す反逆者』だから懲罰を加えよ!」


「今までの生ぬるいやり方をぶっ壊す」(JRの現場長と似てませんか?)それで何とか新しい支配秩序を打ち立てろ!って言うことです。

しかしそんなもん、全然新しくない。昔への逆戻りでしかない。労働者が黙って従うことだけが前提条件という情けないものです。だから残年ながら、力が無い。

秩序が壊れ無秩序に向かうことを、「エントロピー増大の法則」と言う様です。宇宙とこの世界の法則です。

無秩序の増大に対して、生命現象とは、自ら先に自分を壊すことで維持されていると言うのです。分解しないと新しいものが作れない。

資本家に新しい秩序なんか作るのは無理って、労働者が職場や社会で日々感じていることです。

それから、資本家・会社に依存した人たちにも現状を壊す力が無いこともはっきりしました。それがJR東労組解体の本質です。

現状を根本から変えるためには、まず自分のこれまでのあり方をぶっ壊す。そうしてこそ生命は維持されます。

まず自分を変えて、世界と社会を変える。その原動力がJRの職場にあるのです。

本当の時代は、私たち労働者の時代です。仕事は辛いけど、みんなでワクワクしませんか!





労働組合の揺るぎなきリーダーの大切さ

今から32年前、国鉄分割・民営化で国鉄職員の3分の1にあたる約10万人の選別解雇が求められました。

威勢の良いことを言っていた労働組合の幹部は、実は国や国鉄当局と裏でつながっていました。

政治家や当局との人脈を使い、あれこれ画策しましたが、国や当局の意思が固いと見るや、まず自分の身と地位を守るために私利私欲、党利党略で組合員を引きずり回しました。

そして、国鉄分割・民営化に異議を持つ労働者をバラバラにしながら、決して自分から当局(会社)とは本気で闘おうとしなかったのです。

一番ひどいのは、威勢良く、調子の良いことを言っていた幹部がさっさと逃げてしまったことです。



今日は若いみなさんのひんしゅく覚悟で、1920年のアカデミー賞映画「黄金」の話を少し紹介します。

貧しい無職の若もの二人が、貧しい時はタバコを分けあったりしていましたが、ベテランの金鉱掘りの老人に出合い山に向かいます。

困難を経て、砂金が集まれば集まるほどお互いの疑心暗鬼が深まる。敵に襲撃されれば、また協力するけど金に目がくらんでしまう。

リーダー格の老人が良い味を出しているのですが、リーダーが不在になると殺し合いになる。最後には、命がけで守った砂金が砂嵐で飛んでしまう。という落ちです。

いつもは助け合っているみたいで、金が絡むと対立する関係。そしていざとなった時にこそ頼りになるリーダーの存在の大切さ。

見る人によると思いますが、昔から変わらない人間の本質を描いている様に思います。


(国鉄分割・民営化と揺るぎなく闘って来ました!)

世界一と言われる韓国民主労総も、労働組合におけるリーダーの役割が決定的に重要だと言っています。

まず労働組合は、労働者の心温かい拠りどころでなければならない、と確認しています。

そして、労働組合のリーダーは、労働者を尊敬し、その力を信頼すること。さらに、労働運動の歴史と未来に確信を持つことで、揺るぎ無いリーダーになれるのだと言っています。このために学習が大切なんですね。

それは目先の金や地位に生きるのではなく、自分自身を生きてこそ本当の信頼を得ることができるということだと思います。

目先のことにとらわれて疑心暗鬼になっているうちに、全てが消えてしまう。そうならないために、腹を据えて仲間を牽引するリーダーが必要なのだと思います。


(国分勝之撮影)

国鉄水戸動力車労働組合の動力車は、労働者と日本の労働運動を牽引する動力を意味しています。一緒に動力になって牽引しませんか!

難しいに軸を置くか現状を変えたいに軸を置くか?

今日も雪で寒いですね。鉄道労働者は、休みでも、寒くても、雪害対策に呼び出されます。

公共に関わる労働者は、何もない時より緊急時の力が問われます。その力は、日々の積み重ねや経験で培われるのです。

緊急時に対応した先輩の経験は、今を生き、これからを担う後輩たちに引き継がれてこそ本当に生きます。

だから、「昔はこうだった。」と自分の経験を自慢するだけで、今の青年たちの力にならなければ意味の無い経験になってしまいます。

これからの青年たちに、自分たちの経験の最も大切なことを引き継いでもらう。継承されなければ、過去の、死んだ経験にしかならないのです。

この当たり前で、厳しい現実に労働者こそ立たなければならないと思います。


(これは昨日。筑波山を背景に、雪の中を走る常磐線の657系特急「ひたち号」です。国分勝之撮影)

常磐線の運転士と車掌の出発前の点呼が、同じ当直助役から、場合によっては何人も一斉に受けていることを、みなさんは知っていますか?

運転士と車掌は職種が違い、責任も違います。そして、担当する行路もまちまちです。
 
例えばある運輸区の運転士の出勤時間は電車に乗り込む26分前の時刻と決められています。

運転士はその時刻までに制服に着替えて仕事できる準備を整え、その日の運転に必要な達示や情報などを乗務手帳に記載して準備します。その後、出勤時間になったら助役と出発点呼を行うのです。



出発点呼はアルコール検知器による検査から始まり、その日乗務する行路(つまり担当する列車)がまちがっていないか乗務員と当直助役が相互に確認し、その他安全に運転するために必要な情報を確認します。
時間帯によっては何人もの乗務員の点呼時間が重なることもあり、4人も5人も一度に、しかも運転士と車掌が、いっしょに点呼を受けることもあります。1人ずつ順番に行っていたのでは列車に乗り込む時間に間に合わなくなりかねないからです。

( 「勝田区の485ボンネット車最後の勇姿。自走して廃車回送する仕事をこの日が最後の乗務となる大先輩が運転しました。1998.12水戸線新治付近。国分勝之撮影。)

国鉄時代は、当然ながら一対一で一つひとつしっかりと点呼が行われていました。仮に助役が間違ったことを言えば運転士に怒鳴りつけられることもありました。それほど点呼は、真剣な場としてありました。

ですから、複数をいっぺんに点呼するなどということは、乗客の命を預かる者としてあり得ないことだったのです。

JRになって電車区と車掌区が統合され「運輸区」にされた時から、この様な点呼がまかり通る様になりました。

運転士も車掌も、倒れそうになる行路を強制され、事故が起きればその責任を厳しく追及されます。しかし、会社側の責任で行う業務指示の場は、とことんいい加減に扱われているのです。

まずここから変えるべきではないでしょうか?

もし、運転士、車掌として仕事に誇りを持つならば、会社の、あるいは管理者のいい加減さを曖昧にしてはならないと思います。

「変えたいけど、難しい。」と思うのか「難しいけど、変えたい。」と考えるのか。困難に軸を置くか、変えように軸を置くのかの選択の中に、自分自身を生きるかどうかの分岐点があるのでは無いでしょうか?

民営化と労働組合破壊。私たちが引き継ぐこと。

みなさん雪の中、無事でしたか?お疲れ様でした。

ところでみなさんは、政府の「働き方改革」で、月に4日休ませれば、24時間24日間働かせることができる「高度プロフェッショナル制度」が施行させることを知っていますか?

入管法が緩和され「外国人研修生(労働者)50万人受入れ計画」が進んでいること。外国人労働者100万人になると、労働者の賃金が24%減るという試算があることはどうでしょうか?

死ぬほど働かせながら、賃金は下がります。さてこうした法律は、一体誰に取って都合が良いのでしょうか?

労働者の立場はどんどん悪くなります。低め生きのこり競争をすればするほど、生産性が上がり、利益は出ますが、労働者の労働時間が延びて賃金が下がります。

企業の支配が強くなり「問題社員はウツ病に追い込んでやめさせろ!」とパワハラが横行します。


(動労水戸は、職場の仲間が国鉄分割・民営化で自殺に追い込まれたことに深く怒る青年によって結成された。1986年10月のハンガーストライキ。)

追い込まれた労働者が頼るのは?労働組合が無いとしたら、労働基準監督所ですね。労働基準監督所は、企業の労働基準法違反に対して「逮捕権」がある強力な行政機関です。

しかし、政府はこの労働基準監督所まで「民営化」を進めています。民営化とは企業に任せることです。企業が労働者のために企業を取り締まるはずがありません。

「民営化」は、教育機関である学校にもどんどん進められています。「公設民営化」の学校では、労働組合が排除され100%非正規雇用にされます。


(レトロですみません。1987年3月31日国鉄からJR移行の前日です。動労水戸は「国鉄分割・民営化絶対反対」の行動に立ちました。当時全員20代。国鉄の制服で闘いました。その気持ちは今も変わりません。)


みなさん分かって頂けますか?「民営化」「外注化」による労働組合破壊と100%非正規雇用化はセットなんです。

JRの乗務員制度、全面外注化は過労死と非正規雇用の道なのです。実は労働組合こそ、私たち労働者の生命線なのです。それは次世代の青年や子供たちの生命線でもあります。

動労水戸は、国鉄分割・民営化と闘い抜き、仲間を守ることを労働組合としての生命線にして来ました。

労働者と労働組合の闘いは、定年で終わる訳ではありません。再雇用を拒否されても、解雇されても終わりません。

次世代に通用せず、次世代の力になれない時に終わるのです。


ですから、国鉄分割・民営化に屈することなく生きて来た全ての人の力を、今に通用させなくてはならないのです。

だから今こそ動労水戸にみなさんの力を結集させて頂きたいと心から願います。



本当の職場の代表って何だろう

今日は、東京、関東も雪の予報ですね。大雪の時も、大雨でも、強風でも災害や列車の遅延は付き物ですが、働くみなさん無事でお過ごし下さい。

私たちは、3月のダイヤ改正で、運転士の労働時間が限界を超えて長くなることを伝えて来ました。

職場からは「10年後に生きているのでしょうか?」という青年の声がある一方「今までが楽すぎた。」という発言を平然とする運輸区長がいると報告されています。


(国分勝之撮影)

ところで乗務員の場合、決められた労働時間だけでは済まないのです。

自然災害や事故による列車遅延が、日常茶飯事だからです。

つまり「超過勤務」が必ず発生します。

しかし会社は、労働者に対して勝手に超過勤務を命ずることはできません。

労働基準法第36条で、各事業所ごとに「労働者代表」を選出し、その代表との間で超過勤務を了解する協定を結ぶことを前提にして超過勤務を命ずることができます。


(事故の責任は、運転士に無い!組合員を守り抜いた国鉄時代の動労千葉の闘い。職場のみんなが立ち上がることで守れます。)

職場で過半数の労働者を組織する労働組合があれば、その代表が合意・調印することで会社は残業を命じることができます。

(災害など避けられない理由で、労働基準法第33条が発動された場合を例外としますが、その場合には労働基準監督所への報告の義務があります。)

過半数の労働組合が無い場合、民主的な手続きで、労働者代表(管理者に資格はありません。)を選ばなければならないのです。

JR東日本では、東労組を過半数割れに追い込んで各事業所(運輸区)で職場代表選挙を行い、会社に協力する代表の選出を進めています。

何故かと言えば、労働組合が職場の組合員の意思で協定を結ぶことを拒否すれば、超過勤務を命ずることができなくなるからです。

国鉄時代には、職場や組合事務所に「36協定締結中」あるいは「破棄」の札が下げられていました。つまり、残業拒否は労働者の正当な権利なのです。


(「ボーッと生きてんじゃねーよ!」ってチコちゃんに叱られない?)

ダイヤ改正で進む極限的効率化と拘束時間の延長。在宅休養時間の縮小は、超過勤務によってさらに短縮されます。

「過失」事故があれば、在宅休養時間の過ごし方さえ問題にされます。こうして実は、24時間、365日拘束されることとなります。

それで「今までが楽すぎた」なんて現場長に言わせておいて良いんだろうか?


本当の自由とは、自分に由って立つことです。誇りとは、自分自身を裏切らないことを土台にします。

労働組合は、そうした一人ひとりの自由と誇りをお互いに尊重することで貫く労働者自身の組織です。

だから、本当の職場の代表は、労働組合のリーダーであるべきです。あなた自身がリーダーになって全てを変えませんか?

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プロフィール

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動労水戸
性別:
非公開
職業:
鉄道労働者
自己紹介:
【国鉄水戸動力車労働組合】
1986年結成。JR東日本・JR貨物とその関連会社の労働者で組織する労働組合です。
全国・全世界の労働者とともに、外注化阻止・被曝労働絶対反対で2019年も闘います!

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