動労水戸のストライキ「ショートストーリー」

今日は穏やかな一日になると良いですね。

若いみなさんは、ストライキと言うと、想像もつかないでしょうか?

動労水戸は、30年近く毎年ストライキをやって来ました。最初のストライキは、運転士や検修繕から直営売店等に排除された仲間を元の仕事に戻せ!という要求で闘いました。

最初は勝田駅ホームにあった売店で、たった一人の組合員(現在土浦運輸区にいる曲山さん)のストライキでした。

たった一人の組合員のストライキを、全組合員で闘いました。店は閉店になりましたが、JRに取って直接の打撃はほとんどありません。それでも大騒ぎになりました。

最初のストライキは、とても慎重にやりました。色んな準備をしました。でも、一番大切だったことは仲間が受けた仕打ちを曖昧にしないで、みんなで反撃したことにありました。

自分たちがどんなに小さく見えようと、仲間の辛さや、苦しさを曖昧にしない。負け犬にならない。そう言う気持ちでした。


(1993年勝田駅パン屋「モンタニエ」でのストライキ。勝田駅には、パン屋とホームに「ピッコロ」という売店に5名の組合員が配属されていました。)

動労水戸役員や組合員に対する、鉄道職場からの隔離は、それから20年も続きました。

裁判をやりながら、でも裁判所に任せてしまうのではなく、どんなに無力に見えようと「仲間を大切にする。仲間を守る。みんなで鉄道職場に復帰する。」ことを、具体的に労働組合としての正当な行動で示し続けました。


(水戸駅には水郡線ホームに「ルトラン水戸」と言う蕎麦屋があり、動労水戸組合員3人が配属されていました。1993年「動労水戸組合員を運転職場に戻せ!」と水戸駅改札口で抗議行動を行ないました。)

ですから、動労水戸のストライキは、まず仲間を、組合員を守るためのストライキです。

動労水戸組合員は、JR東日本の社員でしたが関連事業に置かれて20年以上社員扱いされませんでした。全員20代も、20年経てば全員40代です。

全面外注化と共に関連事業の再編を狙い、裁判に全敗したJR東日本は、動労水戸組合員を運転職場に戻すことになりました。

40代になっても、検査や修繕の仕事をやったことがない。若い平成採用の人たちに、一から仕事を学ぶことになりました。

そんな事情も知らない青年に、屈辱的な目にあわされながら、しかし仕事を覚えないことには通用しない。

何人かの動労水戸組合員は、数年で後輩たちに仕事を教える存在になりました。

全員運転職場に復帰した動労水戸の要求は、仲間を守ることを軸にしながら、職場全体の利益のために闘うことに変わって行きました。



特に2011年東日本大震災と原発事故を受けて、根本転換します。

避難している社員への無理な出勤命令に、ストライキを構えて阻止したことを皮切りに、被曝労働から職場のみんなを守る闘いとして闘って来ました。

しかし、動労水戸組合員は例えば午後半日のストライキに入る場合、職場の仲間や後輩になるべく仕事を残さない様にして来ました。

ストライキは、本来労働が生産を止めることで会社に自分たちの要求を認めさせて行くのですが、例え所属組合が違っても仲間には迷惑をかけない。そう言うストライキを貫いて来ました。

だから、ストライキに入るより仕事をしていた方が楽だという組合員もいます。

楽をして、ずるをしたいからストライキをしているのではなく、現状をみんなで変えたいから闘っています。



ライフサイクル反対!を貫き、ストライキで闘った會澤憲一さんが、3月1日付で大子運輸科の運転士に復帰することが決まりました。


一人ひとりの力は小さいかもしれない。しかし、一人ひとりの力を持ち寄った積み重ねはどんなに困難に見えることでも変えることが出来るのだと確信します! 

近づく春休みとJRダイヤ改正。

受験生は、ヤマ場でしょうか?

みなさん3月から4月、春休みが楽しみですね。


青春18キップでゆっくり知人のいる北海道へでもどうか?と調べました。

ところが青森~函館間では使えないことが分かりました。

しかも、新幹線が通ってから、在来特急も無くなり値段が高くなった。

うーん。地元の人が使えなくなって、北海道はますます遠くなり、住み難くはならないのでしょうか?と改めて考えてしまいました。


(国分勝之写真展。春らしく菜の花畠を走る401系電車。)

さて春休み直前のJR東日本の3月16日のダイヤ改正。やはり大きく変わるのが中央線です。

  • 塩山・山梨市・石和温泉の3駅は全ての「あずさ」が通過、停車するのは「かいじ」のみ
  • 三鷹駅はすべての特急列車が通過
  • 下諏訪・富士見の両駅に停車する「あずさ」の数が激減、停車するのは朝・夕夜間の2往復のみ
  • 韮崎・上諏訪・岡谷・塩尻に停車する「あずさ」も微減

全体的に、停車駅が少なくなっていて自治体から「死活問題」として抗議の声が上がっています。

常磐線特急と同じ「新乗車システム」で自由席を無くし、全席指定になり実質料金値上げ。いずれ車掌も一人乗務にされます。

運転士の行路もとことん延ばされます。労働者には、非人間的な労働を強制し、地域住民は切り捨ててもJR東日本が繁栄すれば良い。


(レンゲソウの中を走る401系電車。国分勝之撮影。)

春休みを楽しみにしている鉄道ファンのみなさんは、どう思いますか?

みなさんのご意見もお願いします。



「社友会」に入っている青年の意見。

職場から報告が届きました。

「社友会」に入っている青年の一人からの意見です。

「これからのJRの中でどう生きようと考えてるのかな?」と問いかけて見ました。

彼は、「これから車掌をやっていくとか運転士をやっていくという感じではありません。運転士のあとに支社に行ったり管理者になっていく感じです。」

「(動労水戸の)みなさんたちが言う労働の誇りというのは持てないです。」と返してくれました。

これも現実に置かれた青年の素直な気持ちだと思います。


(鉄道人生の最後に、動労水戸に入ってストライキに立ち上がった白土先輩のラストラン。2002年。)

車掌でも運転士でも、自分の仕事に誇りは持てないというのも率直な気持ちだと思います。

運転職場以外は、どんどん外注化が進みJR本体から切り離されています。JRというロゴは入っていても、JRの労働者ではない。

より低賃金で、無権利な労働者に置き換えられています。それを利用者は知りませんので、JR社員と同じ責任を要求しますし、実際に何かあれば責任を取らされます。

するとJR本体は、責任を労働者やグループ企業に取らせて、金儲けに専念すれば良いことになります。巨大な資金がJR本体に集中し、巨大な投資が可能になるのです。

とても良く出来た話です。企業が巨大に繁栄するほど、それに圧倒されて一人ひとりの労働者の存在は、どんどん小さく見えて行きます。


(勝田運輸区旧庁舎前。2001年にストライキをやりました。国分さんがアピールしています。)

しかし、どんなに小さく見えても、一人ひとりの労働者が生きて、働くことがなければ何一つ動かないことも真実です。

そして、人間は決して一人では生きられないのです。良い日もあれば、良くない日もある。元気な時もあれば、体調の悪い日や、落ち込む時もあります。

絶頂期にある池江璃花子選手だって、白血病になる。それが生きているということだと思います。

その時、一番うれしいこと。絶望しないで生きようと思えることは何でしょうか?

たった一人でも良い。うれしいことだけでなく、悲しいことも、苦しいことも、自分を理解してくれる友達がいることではないでしょうか。


(2000年。白土先輩とみんなで旅行に行きました。日光「吹き割りの滝」。)

動労水戸組合員は、国鉄分割・民営化に反対して新しい労働組合を作った時「全員クビになる」と言われました。

40人足らずで、全員20代でした。その時「例えクビになっても、この仲間だったら一生涯の付き合いができる。一緒に生きていける。」だから「恐れるものは無い。恐れるべきは仲間の信頼を失うことだ。」と考えました。

その時は、その時で大変な時代でしたが、「おかしいことはおかしい!」と闘うだけでなく、仲間と良く遊び、良く学び、お互いの信頼を深めて来ました。

仲間の大切さ。それが労働組合の基盤だと思います。そこをしっかり貫くことで労働組合は、働く人の本当の希望になるのではないでしょうか。


ハッピーバレンタイン!

若いみなさんに取って楽しい日になると良いですね。

キリスト教では、聖バレンティウスの殉教の日とのこと。ローマ帝国で、皇帝の命令に逆らって兵士の婚姻を認めたことで処刑された司教の追悼から、愛の告白の日になったそうですね。

大昔から、人間の自由をめぐる闘いがあったのではないでしょうか。



(甘いものが苦手な人には、こんなプレゼントもあります。)

昨日は、日本がどんな国なのかを表しているのが「日本国憲法」だとお伝えしました。

そして、全ての国民には自由や平等という基本的人権があると書かれているけれど、資本主義を守る憲法であること。

たから、資本家に提供された仕事に従事するしかない労働者の人間としての自由なんて、労働組合で団結して闘わずには現実には無いことを明らかにして来ました。


(世界に冠たる日本の米軍基地。その75%が沖縄に。普天間基地のオスプレイ。)


(事故の収束?デブリも、放射性廃棄物も、汚染水も何の目処も立っていません。)

さて、沖縄県民がいい加減にしてくれという米軍基地。国民全体がもう要らないと言っている原発。

この国の主権が、国民にあるとしながら資本家や株主以外の利益を無視する構造には、日本国憲法の上に「日米安保条約」をおいていることがあります。

★「安保条約のもとでは、日本政府とのいかなる相談もなしに…米軍を使うことができる」

★「(原子力利用)の安全の確保については…わが国の安全保障に資することを目的として行う」(原子力基本法)

つまり日米安保条約を憲法の上におくことで、米軍基地や原発の問題について「憲法判断をしない」ことで、日本の政府や政治家は自分たちの責任を逃げて来たのです。

私たち労働者の自由や人権について、憲法で建前ではあるとしながら、働く場では奪い、生活の場でも「安全保障」の名目で自由も人権も無視できるとして来たのです。

嘘で塗り固めて来たのです。


こうして沖縄基地(全ての基地)と原発は、何より私たち労働者の人間としての自由を根本から破壊しています。このことをしっかり見据えなければなりません。


(見事に咲く花桃を横目に130k/hで駆けぬける651スーパーひたち。この数年後背景のこんもりした神社な杉の木が架線に倒れかかり大惨事となった。友部ー内原  国分勝之撮影。)

私たちは、職場での自由や誇りを人として生きるために曖昧にしてはなりません。それは、仲間の自由や誇りを守り、その身になって考えるということと同じです。

人間らしく生きるためには、職場と生活の場は分離できませんね。

だから労働組合は、職場で組合員を守ると共に、生活する場の自由と権利についても一体で取り組まないならば、言っていることが半端になってしまうのです。

私たちは、人間の自由、誇りを守り、お互いに尊敬できる社会を作るために闘っています。

労働者の立場から物事を見よう。

水戸では、雪が降ったかと思うと温かい日ざしが照り、今日は一転して寒いです。

空気が乾燥してインフルエンザが流行っていますね。

私たちの体、命は、私たちが摂取する空気、水、食べ物で絶え間なく作られ、排出されています。

特に乗務員のみなさんは、不規則で過酷な仕事です。命と安全を守るために、労働組合を取り戻すことと共に「安全で豊かな食事」を心掛けて欲しいと思います。

インフルエンザから守るだけでなく、命と体を守る基盤が食事にあります。


(茨城県ひたちなか市は、「干し芋」の名産地です。専用の芋を蒸し、カットし、冷気と天日にあてて美味しく出来ます。畑には、生産を終えてコンテナが並んでいました。動労水戸OBの川崎さんも、干し芋農家です。)

さて今日は、会社のことだけでなくこの国のことを考えてみたいと思います。

私たちには、人としての自由とその誇りを守る権利があると言われてきました。

自由とは、自らに由って立つこと。誇りとは自分自身を裏切らないことから生まれます。しかし、そう言う自由や誇りを感じて来たでしょうか?

あまり気にしたことは無いと思いますが「憲法」は、この国がどう言う国かを表しています。日本の憲法が「資本主義憲法」であることを知っていますか?


資本主義社会は、労働者が商品の一つとして買われ、働くことで成立しています。資本家が、社会的生産を支配していますので、仕事も独占しています。だから労働者は、就職しないと生活できない構造になっています。

人は、働くことを通して自分の生命力を発揮し、生きがいを感じます。しかし、その一番大事なところを資本家-会社に支配されています。

そこでは、本当には自らに由ることができませんし、自らを裏切ることも発生します。そう言う人は排除されます。


だから本当の自由や平等、等しい権利などこの国にはありません。支配的に生きる人間と働く人間に分裂しているからです。



(「戦艦バウンティ号の反乱」4回も映画化されました。資本主義がはじまった時は、工場でも軍隊でもムチが使われました。「強制よりも自発的に」へと近代資本主義への転換が行われました。)

資本家-会社と労働者の対立が激しくなった時、激化しない様に労働委員会や裁判所に訴えたり、労働基準監督署に行きます。国が中立を取っている様に、見えます。しかし、この国は資本主義体制を守る国です。

資本主義を守るのが本質なのに、自由と平等の権利が人間・労働者にあるとされている。たとえ国家でも侵してはならない人権があると、憲法で定められている。


その建前があるから、強制ではなく自発的に働いてるんだ。過労死するのも、自殺するのもあなたたち自身の責任だと言うことができるのです。


資本家であり株主で構成されている政府自民党は、この憲法ではダメだから変えるんだと言っています。

新しい情勢に入っているから、第9条を変えて自衛隊を国防軍にする。普通に戦争の出きる国へしなければならない、と言うのです。

誰が戦争に行くのか?何で兵器が必要なのか?軍備強化して、戦争をするのは、生きるためですか?生活のためですか?

色んな疑問が湧くけど、人を殺しても自分は生きる。人を殺しても自分の生活が守れれば良いって、実は資本主義そのものの本質だよね。

だから自由や人権が先でなく、資本主義「国家を守る」ことが「公益」であり「秩序」なんだと言っています。


自由や人権があるというのは、あくまでそれを建前にすることで資本主義国家であることを認めさせるために、労働者民衆を煙にまく方便でした。

それを「国や企業があってあなたたちは存在できる。文句は言わせない!」

「たとえ回りがどうであろうとJRという企業と株主が生き残れば良い。」

「日本は、そもそもそう言う国家だから、今こそ曖昧無くはっきりさせよう。」

と言うことです。




(日本の資本家と政治家が良いとする姿。軍服を着せられ、戦争に動員されたのは、労働者と農民でした。)


ムチの代わりに、国家への忠誠を据えて自発的に働かせ、戦争にも動員して資本主義は生き延びて来ました。

今度は、「労働者に低賃金と失業のムチを与えよ!反抗する者には『公益の秩序を乱す反逆者』だから懲罰を加えよ!」


「今までの生ぬるいやり方をぶっ壊す」(JRの現場長と似てませんか?)それで何とか新しい支配秩序を打ち立てろ!って言うことです。

しかしそんなもん、全然新しくない。昔への逆戻りでしかない。労働者が黙って従うことだけが前提条件という情けないものです。だから残年ながら、力が無い。

秩序が壊れ無秩序に向かうことを、「エントロピー増大の法則」と言う様です。宇宙とこの世界の法則です。

無秩序の増大に対して、生命現象とは、自ら先に自分を壊すことで維持されていると言うのです。分解しないと新しいものが作れない。

資本家に新しい秩序なんか作るのは無理って、労働者が職場や社会で日々感じていることです。

それから、資本家・会社に依存した人たちにも現状を壊す力が無いこともはっきりしました。それがJR東労組解体の本質です。

現状を根本から変えるためには、まず自分のこれまでのあり方をぶっ壊す。そうしてこそ生命は維持されます。

まず自分を変えて、世界と社会を変える。その原動力がJRの職場にあるのです。

本当の時代は、私たち労働者の時代です。仕事は辛いけど、みんなでワクワクしませんか!





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プロフィール

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動労水戸
性別:
非公開
職業:
鉄道労働者
自己紹介:
【国鉄水戸動力車労働組合】
1986年結成。JR東日本・JR貨物とその関連会社の労働者で組織する労働組合です。
全国・全世界の労働者とともに、外注化阻止・被曝労働絶対反対で2019年も闘います!

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