国鉄水戸機関区の歴史から今を見る

みなさんおはようございます。

持つものを最小限にして生きる「ミニマリスト」が話題になったり、「お一人様」ブームなんて言うのもあるのですね。

一人って、いざとなると無力だと思うのですが、あたかも理想の様に語られることが恐い感じがします。

他方厳しい時代の中で、何とか子供たちを守ろうとして頑張っている人たちが見捨てられ、追い詰められ、疲れきって心を折られてはいないですか?

日々の苛酷な労働とお金に追い詰められ、絶望している人たちは、声をあげることもできません。

それが、非正規雇用・低金銀社会に生きる私たちの社会の圧倒的現実ではないのでしょうか?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190615-00000001-ryu-oki


(1979年の国鉄水戸機関区。ネットで見つけました。左手の木造の建物には床屋さんがあり、その隣が動労水戸支部の組合事務所でした。)

1979年。動労水戸の前身でもある動労水戸支部青年部で、労働組合がどうあるべきか?激しい論争が始まった年でもあります。

職場では、機関士さんや運転士さんの仕事への誇りがとても強く、管理者である助役が伝達内容をミスると「そんないい加減な仕事ができるか!」と怒鳴られるのが日常でした。

その先輩たちは、後輩に対しても大変に厳しく、会社よりも先輩の方が恐いほどでした。

賃金は決して高くありませんでしたが、厳しい中に後輩たちの世話をとことん見る伝統が生きていました。


 
(国分勝之撮影)

国鉄分割民営化で壊したのは、こうした労働者の強いつながりにありました。

その要に労働組合があったのです。ところが労働組合の幹部が見ていたのは現場労働者ではなく、会社幹部であり自分たちの信じるイデオロギー(理想や理念)の方でした。

そうして、党派や指導者を信じた労働者もバラバラにされてしまいました。

その中で、動労水戸は自分たち青年自身の労働組合をつくる挑戦に立ち、今日まで闘って来たのです。

非正規雇用労働者の厳しい現実に対して、自分たちはそから逃げるという立場だと分割民営化の時と同じになります。

JRの青年労働者が立ち上がることを恐れているのは、会社であり政府なのです。

非正規雇用やブラックな社会に苦しむ人たちの軸にJRの青年たちはいます。


「自分たち自身の未来は自分たちで切り開く!」その腹と決断をする人が全体を率いるのです。

それが動労水戸が40年間にわたる闘いでつかんだ確信です。

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動労水戸
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鉄道労働者
自己紹介:
【国鉄水戸動力車労働組合】
1986年結成。JR東日本・JR貨物とその関連会社の労働者で組織する労働組合です。
全国・全世界の労働者とともに、外注化阻止・被曝労働絶対反対で2019年も闘います!

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