自分たち自身で勝ち取る100円と市場価値の100円の違い

穏やかな日曜日になりました。
入学式の時期に、桜の花が残りそうですね。

きっと希望や夢、不安を抱えながらだと思いますが、未来を描く子供たちの姿はみんなまぶしいですね。


(国分勝之撮影)

しかし、一旦社会に出ると非正規雇用が増え続け、夢も希望も持てない現実が襲いかかります。

昔から日雇い労働の人たちは「大工殺すにゃ刃物は要らぬ。雨の3日も降れば良い。」って言うくらい大変でした。

ところで「新元号」だの「天皇代替り」だののお祭り騒ぎの10連休。かつかつの生活を強いられている日給月給の非正規雇用労働者は大変な状況です。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6319499

労働者が生活するためには、市場から商品を購入するしかありません。商品を購入するためにはお金が要ります。労働者は、自分の労働力を企業に買ってもらうことで賃金を得て、商品を購入して生活します。

自給自足なんて言いますが、一定の貯え無しには成立しません。最初から非正規雇用の労働者には、それこそ描けない暮らしかたです。


(桜と一緒に花桃も満開です。)


安倍首相のアベノミクス。物価(商品価格)下落と景気後退が一緒に起きるデフレーションに対して、「物価を上げる」として金融緩和によってお金を市場にあふれさせて来ました。

お金を流せば、企業業績が回復し労働者にもお金が回るんだと言いました。それを「トリクルダウン」だ、なんて言葉で表現しました。

しかし、もともと商品の値段が上がらないのは、ものが溢れて飽和状態にあることが原因です。しかも無理矢理新しい需要を作ろうとしても、労働者の賃金が上がりませんので需要はさして増えないのです。

非正規雇用がまん延し、労働者の賃金は上がらない。物価が上りはじめましたが、労働者の値段である賃金は上がらない。しかも、消費税も上がります。労働者の暮らしは苦しくなるばかりです。

それでも企業の利潤の源泉は、労働力にしかありませんので、賃金を抑え労働時間を増やすことだけが企業利益になるのですから対立します。

さてこの間政府主導で賃上げが図られて来ましたが、大手企業の正規雇用の賃上げもできず、非正規雇用労働者に至っては問題外の状態です。

土台、賃金や労働条件をめぐる課題は、実際に仕事をしている労働者自身の課題です。誰かにやってもらう問題ではないはずです。


(規制緩和と闘った常南交通労働組合)

労働者に取って仕事は、自分の生命活動の投影です。仕事に意味が感じられないということは、生きる意味も感じられなくなるのです。

賃金は、市場で労働力として買われる労働者の価格にほかならないのですから、賃金をめぐる争いとは、労働者に取っては生きる意味を問うことを本質としています。

だから労働組合が賃金や労働条件の交渉を行うと言うことは、単なる価格交渉ではなく、労働者としての誇りや生きる意味を問うことを本質としているのですね。

だから、政府が代われるものなんかではありませんし、労働組合の幹部が代行できるものではないのです。

主体はあくまで現場の組合員一人ひとりなのです。仮にたった100円の賃上げであったとしても、組合員全体で勝ち取った100円は、市場価格の100円とは全く違う価値を持ちます。

それは、より大きな力と価値を生み出す100円であるからです。

人間の協力と共同性が、資本主義の市場原理を打ち破る基本原理がそこにあるのではないでしょうか。

一人ひとりがどんなに大切かを分かち合うのが労働組合

みなさんおはようございます。
今日はちょっと古いお話から。

2003年。今から16年前の3月に「大量破壊兵器がある」という理由で、アメリカ軍がイラクに侵攻しました。

アメリカ軍が使用した劣化ウラン彈で、多くの子供たちや米軍の兵士まで被曝してガンや白血病で苦しんだことは以前ブログでもお知らせしました。

その時、世界中で「戦争反対」の声が巻き起こりました。同じ3月に発表されて日本で大ヒットした曲がSMAPの「世界に一つだけの花」です。

それから2年後の2005年にヒットしたのが、AIの「ストーリー」でした。「人にはそれぞれ違うストーリーがある。」「どんなに重い扉も、共に立ち上がれば動き始める。」そう言う歌詞です。

https://m.youtube.com/watch?v=B2fPYlGKdXM

2005年4月25日は、尼崎駅事故で107人の人が亡くなった日です。JR西日本は、当時23才だった高見隆二郎運転士に責任を負わせて犠牲者を106人としています。

その時代の歌でもあります。

労働組合は、一緒に働く仲間と日常の小さなことから「自分たち一人ひとりがどんなに大切な存在であるかを分かち合いたい」という人としての欲求を土台にして、大きな困難や課題を解決して行きます。


一人ではできないけれど、仲間がいれば出きる。子供が家族から離れて自立して行く時、友だちの役割りがとても大きい。

労働組合は、群れて持たれ合う組織ではなく、労働者が一人の人間として「自分自身の存在の大切さを学び合う」組織なのだと思います。



(2002年鉄道人生の最後を動労水戸にかけて頂いた白土先輩のラストラン物語。)

労働者は色んなことを学びますが、実はどこかで学んだ理論より労働組合運動をしながら現場で学ぶことの方が大きいのだと思います。人の存在や現実の関わりにこそ豊かさがあるからです。

一人ひとりの人に物語があり、その物語が労働組合を通して他の仲間との共同の物語になる。だから、一緒にぶつかる課題が困難であればあるほど、その物語は忘れ得ぬ物語として終生お互いを支える力になるのです。

私たちは、高見運転士の物語も、犠牲者やその遺族の物語も引き継いでここに立っています。高見運転士は、私たち自身だからです。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190405-00000008-kyodonews-soci

だからこそ、お互いの日々の喜びや苦しみを分かち合いましょう。苦楽を共にすることを大切にして、彼らの無念を繰り返さない様に生きるのです。

労働組合の素晴らしさは、まず人として生きる喜びの実感にあるのだと思います。それは、何よりも信頼できる仲間の存在にあります。


(いつまでも終わらない仲間との楽しい一時。)

一人ひとりの物語が、全体の物語の中に生きることで労働組合の物語になる。だから、労働組合のリーダーには、みんなで作り上げていることを一つの物語にして語れることが大切なのだと思います。

2009年動労水戸は、最高裁判決を会社に守らせるための死闘を闘い抜きました。

それにみんなで勝ち抜いて、2011年からの被曝労働拒否の闘いができました。

動労水戸執行部のぶれない姿を組合員が信頼して、実現した闘いです。

そしてさらに、2013年検修構内の外注化ストでは勝田車両センターの東労組の青年たちが「スト破り反対」で立ち上り、水戸地本から来た幹部を徹底的に弾劾しました。

新たな青年の物語が始り、革マル派系と言われた水戸地本の古い組合指導部は、事実上力を失いました。そこに現場の青年の力が紛れもなくあり、真実の物語があるのです。

その時、動労水戸に何人入るか?と言われましたが、照沼君に続く青年を生み出せませんでした。それも真実の物語です。しかし、物語は終わってはいません。

労働組合のリーダーには、みんなで生み出した真実の物語を、みんなが納得できる様に語る役割りがあります。

労働者の真実の物語は、利潤を目的にする企業に語ることはできません。


あるいは、あらかじめ決められた正しい目的や結論を押し付ける政治党派にも決して分からない真実の物語があります。

労働者の生身の現実の中で、その大変さと豊かさの中で生み出される「ストーリー」を私たちは何よりも大切にして、さらに豊かな物語を作り出したいと思います。

労働組合って何ですか?

寒かった分桜の花が長もちしている様ですね。みなさんも気分転換して、お花見を楽しめると良いですね。

動労水戸ブログを見てくれている人から「今の青年たちには労働組合って良く分からない。 だから、前提にされると理解するのが難しい。」という意見をいただきました。

動労水戸は、自分たち自身の経験に踏まえ、地域の労働者の労働組合作りも進めて来ました。しかし、自分たちの職場で闘うことも、JR以外で労働組合を作り、維持することも簡単なことではありませんでした。

実際に、困っている労働者の「相談」を受けて、それが「解決」したら労働組合からは離れてしまうことが少なくありませんでした。

せっかく出会ったのに、未払い賃金が払われたら終わり。労働組合で頑張るより、次の仕事へと流れて行きます。つまり、労働組合が生きることや生活することに結び付かないのです。

そこに大きな課題を感じて来ました。今こそ労働組合が必要なのに、労働組合に留まらないことの根本原因は何なのでしょうか?


(国分勝之撮影)

韓国の労働組合法では、一つの企業で一つの労働組合しか認められていませんので、職場労働者の少なくとも過半数の支持を得なければなりません。だから、とても大変で、単純ではありません。

しかし、簡単に労働組合を作れない分徹底的に民主主義を貫きます。組合に反対している人を排除するのではなく、理解を得ることを大切にしています。


日本では、職場に二人の仲間がいれば労働組合を作れます。一人だとしても、合同労組に入って会社と交渉することもできます。(作りかたのポイントについては、動労水戸はもちろんですが労働団体に相談すればアドバイスしてもらえます。)

ですから、韓国に比べると簡単に労働組合を作ったり、入ったりすることができます。しかし、簡単だからと言って労働組合として定着できている訳ではありません。

労働組合の土台は、職場に仲間を作ることなんですが「一人でも入れる合同労組」があることで仲間とつながらなくても労働組合を名乗れてしまいます。しかも、会社があまりにひどいので、とりあえず解決できてしまう場合が多くあります。ここに落とし穴がないのかを考えなければならないと思います。


(一人の大変さを仲間で共有し支え合うのが動労水戸です。)


時代が悪く、会社の攻勢が厳しいから労働者がつながれないのでしょうか?労働組合は、状況が悪いから支持されないのか?

韓国で労働組合に生きた女性労働者が「一緒に分かち合えば山の様な荷物も羽毛の様に軽くなる。共に歩く人たちへの信頼があるからだ。」という言葉を残しています。

時に信頼は裏切られて、深く傷つきます。しかし、試練を通してこそ崩されない信頼が打ち立てられています。

「仲間との信頼が築かれた時に、自信を持って自分自身の存在の大切さを悟る様になった。」と別の女性労働者は語っています。


(国分勝之撮影。野山に咲く「ニリンソウ」)

ささいなことですが、苦しい時こそ仲間を思い、食べ物、飲み物一つを分け合うことが人の心を支え、動かすのではないでしょうか。

人の心をものやお金に代えない。どんなに立派な理論でも、AIにも決してできないことがここにあると思います。

なぜならそれは、そこにいる人にしかできないことだからです。その人が誰かを大切に思う関係は、そこにしかありません。

方法や技術は色々あっても、他に代えられない関係がある。奪われ、失われて来た人間的関係をこの時代に打ち立て直す。

そこに労働組合の現在的役割りがあるのではないでしょうか。

「労働者が立ち上がる以外のどんな力で問題を解決しようと言うのでしょうか?」

昨晩遅く、無実で獄中に43年閉じ込められている星野文昭さん(72才)の仮釈放が棄却されたと、胸の傷む連絡がありました。

新元号や天皇代替りの浮かれた様なキャンペーンの中で、沖縄の人々と連帯し労働者階級の新たな歴史を切り開こうとした人物を葬り去る。それが、私利私欲で堕落したこの国の支配者たちの意思に他なりません。


(星野さん釈放を訴える意見広告)

星野文昭さんの解放に向けて全力を尽くされたみなさん、そして誰よりも文昭さん自身の打撃を思う時、深い憤りが込み上げて来ます。

動労水戸が、国鉄分割民営化に反対して結成されたのは、日本の労働者階級の歴史を継承するのが動労千葉に他ならないと言う確信からでした。また、そこに立脚してブレないリーダーがいたからです。

日本の労働者大衆は、国家を永遠なものとしてそこに生死をかけさせられました。戦争が、アジアの解放を賭けたものとして美化され、戦死した者が「御霊」となって永遠の存在になる。

そうした国家の虚偽に対して、労働者が真に生死をかけるに値するものは何かを、生きた闘いの中で模索し続けて来たのではないでしょうか。

労働者は、労働組合運動にかけて来ました。


(1960年炭鉱労働者の闘い)


しかし、共産党や社会党の考え方は、議会を通した国家の下での改良です。

労働組合を国や企業の支配の枠に入れることで、
労働者の存在と闘いが政治的取引の手段にされてしまいました。その時点で、根本から低められてしまいました。

労働者の主体性が手段とされる。人間存在の本質と、本質を実現する手段がはじめから転倒されるのです。

しかし、党が絶対化されるとこの「転倒」が正しいとされてしまいます。こうして、労働者の闘いが敗北させられて来たのです。



(70年安保沖縄闘争)


70年安保沖縄闘争には、この様に労働者階級の闘いを敗北に導いて来た「転倒」からの突破が掛かっていたのです。

つまり、宗教や国家をも超えて労働者が生死を全うできるものを生み出す挑戦としてもありました。

星野文昭さんは、その時のリーダーとして立派に責任を果たした人であり、殺人犯などではありません。

古い規範を突き破るために立ち上がった人だと思います。だからこそ今なお、国家の脅威であり人々の信頼を集め続けているのです。



(国鉄労働者の闘い)


労働者とは、果たしてこの国や資本主義社会に従属するしかない存在なのか?

あるいは政治党派の正当性を証明する手段に過ぎないのか?

JR労働運動絶滅をめぐる現在の死闘の本質は、積み上げられて来た日本労働運動の根本的総括にあります。

ここで通用しなければ、動労水戸も歴史的生命力が尽きたと言うことになります。

本日の表題「労働者が立ち上がる以外のどんな力で問題を解決するのでしょうか?」は、韓国民主労総の鉄則です。

どんなに困難に見えようと組合員を信頼し、労働者が立ち上がることで問題を解決する。動労水戸もまた、そこに立ち切り、突き抜けたいと議論を深めています。

労働者はスマホじゃない!「定額働かせ放題プラン」を許さない

新年度を前にした3月28日、JR東日本は「変革2027に基づく新たなジョブローテーションの実施」を通告しました。

突然の様ですが、4月1日からは安倍政権が強行した「働き方改革」 が施行されました。JR東日本の動きは、これに連動したものです。

JRは民間企業と言いながら、鉄道の海外展開や東京オリンピック、常磐線の全面開通をはじめ国と一体の国策企業です。

ですから労働者に対する支配政策も、安倍政権と一体で進めています。JR東労組の解体も、安倍首相と冨田前社長の合意で進められたと言われています。


 (国分勝之撮影485系「快速あいづ」)

4月からは、食料品が軒並み値上げ。10月には消費税が上がります。食料品値上げも、消費税も低収入の人たちを直撃します。

安倍政権が言う「一億総活躍社会」って、働かなければ食べて行けない状態に追い込むってことです。

問題は、働く中身です。「人づくり革命」なんて言って、労働時間を増やすことだけを考えています。

残業の上限規制だなんて言って、上限まで目一杯働かせる。運転士の労働時間を「規程の上限」に合わせるのと同じです。

「裁量労働制」とは労働時間の規制を取り払い労働者を「定額働かせ放題」にする。携帯電話の「新料金プラン」と同じ発想としか思えません。

年収1075万円の労働者に適用されるという「高度プロフェッショナル制度」は、月収50万円で月に4日休ませれば残業代無しで働かせ放題。

しかも年収1075万円は、当面の目安でしかありません。

基準は「平均給与の3倍」だの「平均給与を相当上回る水準」という曖昧なもの。

つまり月収30万円だろうが、20万円だろうが「平均給与を相当上回る」ことになれば残業代はゼロにして良いということになります。

だから私たちに無関係ではありません。


(労働組合が「スローガン列車」を走らせた時代もありました。)


労働者の労働時間と賃金の最低条件を解体して、一体どんな社会にしようと言うのでしょうか?

夢のコンピューターだの、夢のネットワークだの言って来ました。そして今度はAIです。AIがあれば、人間は考え無くて済む様になる夢の世界だという人もいます。

それなら人は要りませんよね。「考え無くても誰でもできる仕事」がタブレット端末やGPSで可能になる。顔認証で買い物ができる無人コンビニまで出現しました。

人と関わることなく、機械の指示で24時間働き、監視され、支配されることが幸せなんでしょうか?

自分の生死を意味付けるものがあって、人は生きるのです。人生をかけるに値するものを私たちの後継者である青年たちに、提示できるのか?

それが深く問われていると思います。国鉄労働運動、動労千葉や動労水戸が示して来たことは労働組合運動には人生をかける価値があるということです。その真価が、今こそ問われているのだと考えます。

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動労水戸
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非公開
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鉄道労働者
自己紹介:
【国鉄水戸動力車労働組合】
1986年結成。JR東日本・JR貨物とその関連会社の労働者で組織する労働組合です。

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